Yoshiのつぶやき。

今日のChez Yoshiは…

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暗号




今回帰国して好評なのが、なんとデザートのガトースムールなんです。

これはスムールと呼ばれるセモリナ粉をミルクと生クリームで煮て、卵で固めるフランスの伝統菓子なんですが、帰国する最後の夜にフィリップのレストランで食べた、今回のフランス滞在最後に食べたデザートで、これがすっと口の中に入ってきて、自然とめちゃうまいと思って。

で本題ですが、『これどうやってんの?』とフィリップに聞くと、

『こうやって材料を合わして、こんな感じて火をいれて、OKやわ。あっ分量はこれ』って切れ端に書きなぐってくれて。

横で見てた嫁が、『それ何?』って聞いてくるので、

『今食べたデザートのレシピ』っていうと、

『その紙切れで、フィリップのと同じように、おいしくできるの?』と言うので、

『ううん、なんぼなんでもこの紙だけじゃあ無理やわ、要点は聞いとかなあかんわ』と答えると、

『じゃあ早く聞いとかな』と言うので、

『今紙渡してくれた時に聞いてたやん。』と答えると、

『えっいつ?』

『この切れ端くれた時』と答えるとと、

『今のたった数十秒の間に?』と、びっくりしてたんですよ。

でも確かに、フランス人同士でも、普通じゃ伝えきれない短い会話の時間かもしれない。
でも、僕達はいつもこうして伝達し合ってきた。過ごしてきた時間が違うんです、フィリップと僕は。

そして、僕はフィリップの背中をずっと追っかけて、料理してきたんです。だから、どんな新しい料理を作るときも、フィリップが

『この肉この前のあれぐらいにカットして』とか、

『これいつもよりもうちょっとゆっくり火入れて』とか、

『調味料をあれをあれに変えて、入れるのを最後にして』とか,

常に追われてる職場だったんで、必要なポイントを最低限の的確な言葉で、指示がとんでいた。でも、それで十分だった。少なくとも料理に関しては。

そのくせ、終わった後、どうでもいい話をバーでぐだぐた1、2時間しゃべってんですが(笑)


なつかしいな。

朝みんなでレストランで仕込みをしていると、一番最後にフィリップがやってきて、

『Yoshiそれ終わったら、このオードブルやっといて。肉はあれを使って、火は強火で軽く入れて、最後にいつものマリネ液に、あのビネガーを使って、野菜は多めで』

と言って、当時セカンドやった僕に、写真のような走り書きを手渡していたんです。


今でもよく、迷ったらまず最初にフィリップに電話するんですが、もちろん声だけなんで、走り書きメモのようなものはありません。

昔はよくバカンスの時期に、南イタリアとかでゆっくりしてんのに、ポケットの中からよくこんなフィリップの走り書きメモがでてきて、
『もうバカンスの間ぐらい、レストランの事を思いださすなよ、フィリップめ』と勝手にうらんでたもんです(笑)


せっかくなんで、この二人にしかわからん暗号のようなメモ大切にとっておきます。フィリップと一緒に働けた事を本当に誇りに思うし、いつまでも追いつけない偉大なシェフです。
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  1. 2009/04/25(土) 00:45:56|
  2. 未分類

ギュスターブ・カイユボット




シェヨシのファンの方には有名な絵だと思います。

印象派の画家カイユボットの『床を削る工夫』(Roboteur de praquet)です。

正直言って、僕は絵心全くないですし、パリで美術館めぐりなんて、まずしません。
でもこの絵の飾ってあるオルセー美術館だけは、もう4、5回はゆうに行ってるんじゃないんでしょうか。

何で行ってるのか?

理由は2つ。

美術館のつくりが開放的で、美術館らしくなく、重い空気が漂ってないことと、このRoboteur de praquetが飾ってあるからです。

一つ目の理由は、やっぱもともと駅やったところを美術館にしたんで、遊び心が随所にみられて、喫茶店に行くような、そんな軽い気分でなんかいけるんですよ。
しかもルーブルのように、だだっ広くなくて、見たい所だけコンパクトに見れるし、まあ、僕の滞在する友人のアパートから9番線で一本だからという理由もあるんですが。

そして、写真の絵があるからです。
もう一度言いますが、僕は美術館とか、人並みに行きましたが、決して好きではありません。
よくピカソ美術館や、オランジュリー美術館などで、ピカソや、モネの絵葉書や、リトグラフをショップで売ってるんですが、どんなに有名な絵画を見た後でも、全く興味がなく素通りしてしまうんですが、初めてこの絵を見たときは、まさに絵に心が奪われてしまったというんでしょううか、ぼーぜんとその絵の前のソファーに腰掛けて、ずっと見てたんですよね、気づいたら。

そしてその後、ショップでこの絵のリトグラフを購入して、今シェヨシの店内に飾られてあるんです。
後にも先にも、この絵を買ったときだけです、ショップに寄って、何かを購入したのは。

そんな思い出のあるこの絵なんですが、ここ最近パリを訪れた2回は、オーストラリアと、カナダに貸し出されてて、見ることができなかったんですが、今回、5年ぶりぐらいにこの絵を所定の位置で見ることができて、本当にうれしかったと言う、何の落ちもないブログですいません。

ただ近年、このカイユボットの残した絵画の価値が見直されつつあって(もちろんもともとあるんですが、)、今までよりも、少しずつ高い評価を得てきてるみたいなんで、シェヨシもそうなっていけたら、すっごくうれしいです。
  1. 2009/04/20(月) 17:18:13|
  2. 未分類

ジョゼット(Josette)




三年前から、パリに訪れるたびに必ず訪れる場所があります。
上の写真の場所、ブローニュ墓地です。

もちろんモンパルナス墓地とかと違って、有名人のお墓があるわけではなく、不便な場所にあるんで、観光客なんて一人もいません。

僕がこの場所に行くのは、ジョゼットのお墓参りです。

ジョセットというのは、僕が初めてパリに行ったときに、Chez Henri(アンリ)で総料理長をしていたフィリップ(Philippe)の奥さんだった人です。

二人とのことを全部書いていると、フィリップとジョゼットとの思い出日記で、一年間全部ブログがかけてしまうぐらいなんで、またの機会にします。


三年前の夏に突然、筆不精なフィリップから封書が届いて、それがジョゼットの訃報でした。

封を開けたまま愕然として、そのまま何を言ってあげたらいいかわからず、半年ほど連絡もできなくて、とにかくフィリップの顔を見ようと思って、渡仏を決めたのが前々回のシェヨシの長期休暇の理由でした。

ジョゼットとフィリップは籍を入れたのこそ42,3歳のときでしたが、お互いパリ郊外のブローニュの近所同士で、20代のころから一緒に住みだして、ホントずっと一緒にいました。

僕と嫁の結婚パーティーも、土曜日の夜なのに貸しきって、やってくれたのもこの夫婦のおかげです。
僕が心から、いつまでも付き合っていきたいと思う、素敵な夫婦でした。

今回も、フィリップの昼の営業が終わったあと、二人で片道40分ぐらいかかる墓地まで、いろんなことを話しながら、寄り道したり、カフェで飲んだりしながら、3時間ずっと歩きっぱなしで、お互いの間のブランクを埋めていました。

墓地に到着する前に、花屋さんに寄ったんですが、僕が花を選んでいると、『Yoshiが買うんやったら、僕もなんか別のを買おう。3ヶ月ぐらいお墓に来てなかったから』と言って、横で花を選び出したんですが、その横顔が、まるで今からジョゼットと待ち合わせをしていて、デートでも行くかのような、そんなうれしそうな顔をしていて。

それを見ていた僕は、ホントいい夫婦だなあとうれしくなり、と同時に、ジョゼットがいない現実に悲しくもなり。
フィリップは毎日こんなことの繰り返しなんだなあ、ともっと傍にいて、力になってあげれない自分が悔しくて。

今回の最後にフィリップに会ったときに、

『僕に何かできることない?』

と聞くと、

『こうして毎年、日本から会いに来てくれて、一緒にジョゼットの話をしてくれて、それが僕にとって何よりだ。こんなに遠慮なく、思いっきり奥さんの話しができるのはYoshiぐらいだけや。近すぎる身内は、心配するし、親しくない人には、もちろんそんなこと言えへんし。Yoshiと話していて、色んな事思い出したし、すっきりした。ありがとう。』

って言ってくれて、涙をこらえるのに精一杯だった。
その後、帰りの地下鉄へ向かうジャンジョレス通りで泣いた。



皆さんも、ジョゼットの冥福を祈ってあげてください。
  1. 2009/04/14(火) 22:02:53|
  2. 未分類

夢の架け橋




この写真見ただけでわかる人は、相当のパリの橋マニアでしょう。
私自身、この橋の正式名は知りません。
場所は、パリ4区と5区を結ぶシテ島を横切って架かる一番東の橋です。

私の勤めていたChez Henriは、ここから2、3分ぐらいのところにあって、当時私は5区のムフタール通(通称パリの胃袋)の一番端、サンメダール教会の目の前に住んでいたんで、この橋までは逆方向だったんですが、そのまま家に帰っても、テレビは見てもわからん、電話なんてかかってくる友達もおらん、はよ帰っても何もすることがないわ、って時に、せめてきれいな夜景でも見ながら、遠周りしてかえろうと思って、よくこの橋のふもとまで夜のセーヌ川を見に来てたんです。

(ここから今回の話おかしくなっていきますよ・笑)

『あーあ、やっぱここって外国やわ。で、私は外の人と書いて外人。これがホームシックってやつやろか?』
と、ただただセーヌ川のずっと先を見てたんですよ。
そしたら、
『どしたん元気ないやん。自分が来たくて来たんやろ、この街に。だったらそんなしけた顔してたらあかん。』
って聞こえてきたんですよ、橋から(笑)

そうしていると、いつもなんか気分がすっと軽くなったんです。

その後、私は11区のバスティーユ広場の近くのアパートに引っ越して、5区のChez Henriからは、歩いて帰ることも少なくなったんですが、それでも終電以降まで飲んでいた、タクシーの止めれない土曜の夜なんかには、必ずこの橋を通って帰ってたんですよ。
もちろんその頃には、同僚とのみに行ってるぐらいやから、フランス語もある程度わかってましたし、寂しいという感じは全くなかったんですが、その橋を渡るときは、必ず立ち止まって、セーヌ川を見つめてた自分がいました。

そして、心の中で、
『ありがとう。君のおかげで今、相当楽しく毎日過ごせてる。この街を心から大好きだといえる。ありがとう。』
って、いつもお礼を言ってました。

もちろん橋からも返事はあったんですが、頭おかしい人やと思われたら困るんで(もう思われてるか?)、この場ではあえて伏せておきます(笑)
  1. 2009/04/07(火) 21:47:38|
  2. 未分類
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